捉え方次第

どんな利益や損害も自分自身から生じるものと考える。
エピクテトス「要録」48

誰かに何かされたとしても、偶然の不幸が襲ったとしても、考え方次第というか、利益を受けた、損害を受けたと考えるのは自分自身に他ならない。同じ状況に陥ったとしても、私とは全く逆の考え方をする人もいるのだから。

大体、それが本当に嫌なことなら、文句を言わずにただそのことから距離を置けばいいだけの話だ。それができないのなら、距離を置くことで他にもっと嫌なことが発生するとわかっているからだろう。自分の中で損得勘定として「距離を置かない」と決めているのに、殊更に不満を表明するとか機嫌が悪くなるとか文句を言い募るとか、自分の器の小ささに嘆きたくなる。50年も生きててこの程度かと。

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