「個人的な意見を言っていいですか?」
「あらゆる意見は個人的なものだよ」
みたいなやり取りを森博嗣の小説で読んだ記憶がある。まあ確かにそうだ。個人が、個人的でない意見をできるわけがない。みんな中立性を偽装したがるけれど。
で、個人的な話なのだが、最近アナログへの回帰が進んでいる。万年筆を揃えたり、ノートの紙質にこだわったり、スマートウォッチを辞めたり・・・デジタルの方が効率的なのは百も承知だし、実際にそう考えて色々なもののデジタル化を進めてきたここ30年ではあったが、ここにきてデジタル化により抜け落ちる「何か」を大事にしたいと思うようになってきた。デジタル方向では生成AIに敵わないと思ったからだろうか、よくわからない。
CDが普及し始めた頃、アナログレコードの方が味があると言われていた。実際にCDは人間が聞き取れない周波数の音はカットしていて、それが原因だと。聞き取れないなら味も何も・・・と当時は思っていたのだが、この話は生成AI時代に示唆的な気がしている。
アナログレコードは今でも存在している。一方、CDを超える利便性を提供していたミニディスクやブルーレイは無くなってしまった。より利便性の高いストリーミングに駆逐された。
アナログレコードのような生き残り方法を模索すべきだろうか。まだうまく言語化できていない。















