似合わないけれど

ちょうど5年前のブログで、村上春樹の小説から引用していたセリフ。

あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、年老いることはそれほどの苦痛ではない。
ー村上春樹「風の歌を聴け」

5年経ったが、学ぼうという姿勢はなんとか持ち続けることができている。
子供からも老人からも、賢者からも愚者からも。

だからだろうか、自分が年老いているとはあまり感じない。
身体機能は衰えているのだろう、しかし、頭脳はむしろ冴えているようにすら思う。
まあ、劣化していることを自覚できないくらい衰えているのかもしれないので、過信は禁物だが。

ーーー

今日は誕生日。47歳になった。
若い頃には46年も生きるとは想定していなかった。
自分が生きづらい、面倒な性格であることは10代前半から自覚していたし、
まともに仕事する自信もなかった。社長か上司に嫌われて、解雇される未来しか予想できなかった。
学者か職人か、人との交流が少ない職業につくのだろうと思っていた。
もちろん出世など、望むべくもない。

残念ながら、
学者になれるほど頭は良くなかったし、
職人になれるほど手先が器用でもなかった。

ただ、昔から読書が好きで、文章を書くのが比較的得意だったことと、
物事を突き詰めて考えるのが(よくも悪くも)好きだったこと、
誰かと話すこともそれほど苦ではなかったことから、
なんとか経営コンサルタントという職で食っていくことができている。

まさか自分が社長になって、10人以上のスタッフを率いて仕事をするなんてのも全くの予想外だ。
1歳から40歳(雇用する直前)までの私をタイムマシンで連れてきて40人一堂に会したとして、私の現状を話せば、おそらく全員から
「そんな馬鹿な、俺がそんなことするわけないだろう、似合わないわ。将来の俺がきついから辞めてくれよ、頭がおかしくなったのか」と難詰されるだろう。
「まあ、きついことばかりだけど、時々楽しいこともあるよ」と苦笑しながら答えるのが精一杯だ。

人生、何が起きるかわからない。おそらく今後もそうだ。
それを面白いと思うか不安だと思うかは自分次第で、できれば面白がりながら日々を送りたいと思う。
そしてスタッフはじめ周囲の人間にも、同じように面白がってもらえるような環境を作りたい。
どうせ死ぬまで生きるなら、冗談でも言って笑い合いながら過ごした方がいいだろう?

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