迷いながら、確からしい方へ

人生はゲームだと思っている。
ゲームバランスはかなり悪い。いわゆる「クソゲー」の類だ。

参加者は人類全員だけど、全員が幸せになれるようには調整されていない。
開発者(神様と呼びたいならそうすればいい)がいるのだとしたら、
「もう少しどうにかならなかったのか」と苦情の一つも言いたくなる。

けれどもうゲームが始まって(生まれて)しまった。
スマホゲームみたいにミッション(やるべきこと)は何ですよ、という天の声が聞こえる訳でもない。(少なくとも私には聞こえない)
生まれた環境によって異なる選択肢の中から、いくつかを自分のミッションとして選ばなければならない。
ある程度自由に選べるのだけれど、誰もその責任は取ってくれない。

スマホゲームと違って、人生というゲームには明確なレベルアップはない。
音楽で知らせてくれると便利なのだけど、それはない。
クエストの終了を王様が宣言してくれることもない。
エンドロールは流れない。
(死んでしまった後に流れているのかもしれないけど、自分では確認できない、何せ死んでるので)

正解はいつまでもわからない。誰も教えてくれない。
恋人ができるとか、子供が一人前になるとか、金を稼ぐとか、社会的に認められるとか、正解らしきものは色々準備されているけど、
少しでも気を抜くと「これが正解だっけ?」と頭を悩ませることになる。
見方によっては、それらはいつだって不正解に反転してしまう。

でも何かを、選ばなければならない。
自分で勝手に決めた基準に従って、周囲との関係性を慮って。

「不幸になる方法は、何もしないことだ」というフレーズを、ポジティブ心理学か何かの本で読んだことがある。

その場でしゃがみ込んでいるよりは、方向がわからなくてもとにかく動いた方がいい結果を生む可能性は高い。
もちろん、詐欺師や交通事故にはできるだけ気をつけて、という前提を忘れてはならないけれど。

関連記事

  1. 言葉に力がある

    比喩や謙遜が使えない社会に

  2. 移動の自由

  3. 刃の研ぎ忘れ

  4. 曲がりくねった道

    しつこく考え、問い続けること。

  5. 救済は来ないのなら

  6. レール、分かれ道

    ショートカット

最近の記事

  1. 2026.01.16

    古書を読む
  2. 2026.01.14

    税負担化
  3. 2026.01.13

    全知全能
  4. 2026.01.09

    実社会の方が

読書記録(ブクログ)