人格の陶冶

成り行きというか、狙ってなったわけでもないのだけれど、
とりあえず社長をやっている。人を雇用して、偉そうに命令している。

形式上は、人の上に立つ人間、ということになる。
人のうえに立つ人間ならば、それなりの人格なり品位なりが求められると思う。
そうでなければ、人はついてこないだろう。
給料だけ払ってればいい、というものではない。人間はそこまで合理的ではない。

ところが私にはまだそこまでの、人の上に立つほどの人格がない、
どうも修行が足りない。もっとデンと構えておきたいのだが、ちょっとしたことで焦るし、
後から考えると顔から火が出そうな、軽率なことを言ってしまう・行動してしまうこともある。

マルクスアウレリウスの「自省録」を折に触れて何度も読み返しているが、
まだまだ自分の血肉にはなっていないのだろう。

サラリーマンの、平社員だった頃が懐かしい。
上に文句だけ言ってればよかったあの頃が。
もう上には誰もいない。文句を言っても、結局それは自分に返ってくるだけだ、今は。

関連記事

  1. 知らないということを知っているか

  2. 役割を上手に演じる

  3. 「認められたい」承認欲求のメリットとデメリット(2)

  4. 与えられた役を立派に演じる

  5. その業を引き受けて

  6. 「偶然」と「時間」という暴君

最近の記事

  1. 2025.01.20

    智慧なくして
  2. 数字、数学、パズル

    2025.01.10

    数の暴力

読書記録(ブクログ)