酒井邦嘉著「AI脳クライシス デジタルは人から何を奪うのか」を読んだ。著者曰く、今の生成AIは、文章を生成しているわけではない。大量のデータからそれらしいものを組み合わせているだけなので、「合成AI」と呼ぶのが適切だとのこと。
確かにそうだろうなと思う。著者がこの本で主張する、生成AIの活用(特に学校現場での)が恐ろしい帰結をもたらすのではないかという警鐘も正しいように思う。
逆に言うと、合成に過ぎないのにも関わらず、業務ではそれなりに適切な回答を返し、悩み相談ではそれなりに正しい回答を返すわけで、実は人間も普段は別に何かを「生成」しているわけではなく、そのほとんどの活動は「合成」程度のことしか行っていないのではないか・・・と不安になってしまう。
根拠があるわけではないけれど、今後は生成AIとの適切な距離を保てた人なり企業なりが勝つのではないだろうか。その距離は近過ぎてもダメだし、遠過ぎてもダメなのだろう。















