我は見ているぞ

早朝、神社の門をくぐるときに、なんか視線を感じるな・・と思っていたら、梁のところから猫がこちらを見ていた。

「視線を感じる」という実感は確かにある。でも、視線に何かの力があるわけではないという実験結果を昔何かの本で読んだことがある。それが事実だとすれば、実際には視界の片隅で猫がわずかに動いたのを意識の外で認識したとか、風に乗って流れてきた匂いとかを、「視線を感じる」と脳が誤変換しているのだろうか。脳の構造とか不思議に関する本を読むのは好きだが、読めば読むほど、自分の頭蓋骨の中にある脳ってやつの信頼性が怪しくなる。

写真を取ろうとスマホを構えたらニャーと鳴いた。 

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