東京出張のついでに、ヨドバシフジサワミュージアムに行ってきた。新宿2丁目の近く。
Yodobashi Fujisawa Camera Museum
https://www.yodobashi.com/museum/
ヨドバシの創業者がその財力にものを言わせて収集した、狂気のコレクション。世界に一台とか数台しかないようなレアなカメラがゴロゴロ展示している。第二次世界大戦中に銃弾が当たったライカとか、どうやって入手したのだろうか。カメラに少しでも興味がある人なら一度行ってみる価値はある。入場料が高いせいか、相変わらずの猛暑日の日曜日の遅い時間だったせいか、訪問者は私以外にはあと一人しかいなかった(警備員の方が多かった)。おかげで、ゆっくり快適に、貴重なカメラをじっくり見て回ることができた。
新宿にこのスペースを確保、自社ビル内とはいえ、費用対効果の観点から考えてしまえば絶対に許可が降りないだろう。上場企業なら株主から訴訟を起こされかねない。損得を超えた創業者の強い意志が、この(カメラ好きにとっての)楽園を作り出したのだと思う。(実は利益が出ているかもしれないが・・・・)
ここもそうだし、ヨーロッパや京都を旅行した時にもいつも思うのだが、「富の偏在」というか、ある意味格差があったからこそこのような施設が社会に現れた。もし、人類史の早い段階で完全に平等な社会が実現していたとしたら、ヨーロッパの壮麗な大聖堂も、京都の侘び寂びのある美しい仏閣も、このカメラの圧倒的なコレクションも、社会に存在しなかった(真に平等な社会とは、平等に貧しい社会を意味する。共産主義国家は平等な社会ではない。平等なふりをしているだけで)。
格差は良くない、というのは基本的には賛成なのだが、では、格差がなかったら社会はどうなったのだろう?いい事ばかりではないのでは?という逆方向からの思考もまた大事だと思っている。















