仕事と何かを混ぜないでよ

人生をなるべくシンプルにしたいと思っている。
無理もしたくない。体を壊したくない。心が壊れたら、なかなか戻らない。

無理をするのは好きではない(無理していることもあるけど、やりたくてやってるわけではない)し、楽にできるなら、なるべく楽をしたい。
機械にできることは機械に任せて、人間ならではの活動をしたい。
簡単なことをあえて複雑にして、機械にできることをあえて人間にやらせて、「教育」や「道徳」を用いて話を誤魔化すなんてまっぴらごめんだ。

掃除はルンバに任せればいい、そこに人格形成の意味なんて持たせなくていい。
朝礼なんてメールで代替できる。わざわざ皆の手を止めて集まって、記録に残らない口頭で伝える合理性がどこにあるのか。
従業員のコミュニケーションが必要と思うなら、そのための機会を別途設ければ済む話だ。なぜ「朝礼による情報共有」の片手間にそれをやろうとする?

安全とか教育とか道徳とか、平和とか平等とか、それぞれ大事なのだけれど、それを仕事と混ぜてしまうと目的が不明瞭になる。
シンプルにやりたい。仕事は仕事であって、そこに「道」を個人的に見出すのは結構だが、誰かに強制してはいけないと思っている。

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