ソクラテスは、ある人がこう言っているのを聞いた。
「異国を旅しても自分には何の役にも立たなかったよ」
彼はこう答えたという。
「そんなことになったのも無理もない。君は君自身と一緒に旅をしたんだから」と。
自分自身から逃れ出られたのなら、その人はどんなに幸せだろうか。だが、現実には、人は自分で自分を圧迫し、悩ませ、堕落させ、怯えさせている。
海を越え、町々を渡り歩いても、何の役に立つのか。君を苦しめている状況から逃れたいのなら、どこか別の場所に行くのではなく、別人にならなければならない。
(セネカ 倫理書簡集 104)
どこに行こうが、何をしようが、自分も一緒についてくる。自分から逃げることはできない。別人になることも、きっと難しいだろう。旅はあくまで物見遊山であり、ストレス解消程度の意味しかない。そこに過剰な意味を付与してしまったら、旅から戻った時に何も変わらない現実と周囲と自分を発見することになる。