労働の対価

昔、「年俸制、みなし残業」の会社で働いていたことがある。みなし残業なので規定の時間を超えれば残業代が発生するはずなのだが、そんなことはなく。もし残業代の請求などしようものなら「お前の仕事が遅いからだ」と逆に叱られるような職場だ。年度はじめに年俸交渉があり、そこで決まった金額の12分の1が毎月支払われる。もちろんボーナスなんてない。定時で終わることはほとんどなく、午前様や休日出勤もしょっちゅうだった。出勤していなくても、自宅で資料を作っていた。期限に間に合いそうにないと弱音を吐こうものなら「プロだから寝ずにやれ」と返ってきた。

今もよく考えたら同じ状況だと気がついた。役員報酬は期初に決めた金額から容易に動かせない、年俸制みたいなもんだし、みなし残業どころか、残業代は一円もつかない。(事前に自分で準備しない限り)ボーナスもない。創業当時の役員報酬は、従業員よりも低かった(別で収入があったから生活できていた)。

それでも会社員当時のような鬱々とした気分にならないのは、そこに「自由」があるからだろう。今は自分の仕事の仕方は自分で決められる。何時に働いてもいいし、なんなら働かなくてもいい(その代償は大きなものになるが)。嫌な仕事もしなければいけないが、それだって誰かにやらされているわけではない、自分で「嫌だけどやる」と決めたことだ。睡眠時間を削ることもあるし、プライベートを犠牲にすることもあるが、それだって上司に命令されたわけじゃない。自分で決めたことだ。

労働の対価が時間と連動していなくても、「自由」があれば、少なくとも私は、なんとかやっていけそうだ。

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