一人SNS

SNSは数年前に辞めてしまった。それでよかったと思っている。
人生のクオリティは上がった。確実に。
先日バイクで長期の旅行に出かけたが、もしSNSをやってたら写真をアップしまくってただろう。それもいいとは思うが、それをしないことで得られるものもある。私にとっては後者の方が重要だったと言うだけ。

同時期だったと思うが、日記を頻繁に書くようになった。
やはりなんらかのアウトプットは必要だったのだろう。
SNSの投稿を誰にも見せていないようなものだ。
「一人SNS」と言うと、「ソーシャル」とか「ネットワーキング」と言う本来の意味から逸脱しているような気もする。
しかし考え方によっては、自分の中にいる複数の自分からなる「社会」の「通信」を日記に記すことで促進しているような気もしないでもない。
数年前に自分で書いた日記がまるで他人の文章のように見えることも、全く変わってない自分を発見することも、当時の心情が理解できないようなことも発生する。

今回のバイク旅行でもたくさんの日記を書いた。21歳のころ、自転車で日本縦断をしたときに書いた日記(当時はガラケーすらなかったので、システム手帳に書いていた)は、まだ手元に残っていて、時折眺めることがある。今書いている日記もまたいつか、読み返す日があるかも知れない。

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