アイデアの収斂、そしてありきたりな何かが

生成AIの進化は止まらない。OpenAIの動画作成ツール「Sora2」をみてると、もう何でもありだなとすら思う。文書作成や分析、提案もなんでもできる。こんな有能なアシスタント、使わない手はない。安価で24時間対応、感情の揺れもない。産業革命の頃、蒸気で動く機械を使いこなし始めた人たちも、同じように思ったのかもしれない。

生成AIは人間ではない、今後の進化に期待はするものの、やはりどこまで行っても「機械」なのだと思う。そう考えたのは、Sora2を使って作られた動画に関する以下の記事を読んだときだ。

創造性奪うAI、正しく恐れよ 声優の池澤春菜氏 – 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2103J0R21C25A0000000/

ホラー動画をSora2で作成することが流行ったら、最初は多様な動画が作成されたが、時が経つにつれ特定のパターンに集約していった・・とこの記事にはあった。「AIが創造性を殺す」とも。

自分のアイデアをベースにAIをアシスタントとして有益に活用するのは素晴らしいことだが、AIに頼りすぎるとせっかくの自分の「尖った」アイデアは、いつの間にかありきたりな何かに変わってしまう。ホラー映画の動画がそうだったように。誰でも同じなら、差別化にはならない。そして、差別化されないそれがお金になることもない。

アシスタントに自分の仕事のコアの部分を任せる人はいないと思うが、生成AIはあまりに有能すぎて、任せたくなる誘惑が強い。特にスランプの時に。困ったものだ。

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