何かの本、多分哲学か社会学の本だったと思うのだが、チェコの作家ミラン・クンデラの「不滅」のあるページを引用していて、そこに書かれたフレーズがとても心に残った。クンデラの名前と「存在の耐えられない軽さ」という作品の名前は知っていたが、キャッチーなタイトルだなと思うくらいで、これまで読んだことがなかった。引用されたフレーズがどんな文脈で放たれたものなのかに興味をもち、まずは「不滅」を読んでみることにした。
600ページ近い大著であったが、シーン転換が多いこと、1990年前後のフランスが舞台なのに、突然ゲーテやヘミングウェイの話が挟まったりで飽きずに読み通すことができた。私が「読みたかったページ」は、400ページを過ぎた、第5部「偶然」の16章にあった。そこに至るまでも、素晴らしい文章というか、思わず引用したくなるような文章をいくつも見つけることができた。
「同意できない世界でどう生きればいいのか?
その苦痛もその歓喜もわがこととは思えない人間たちとともに、どう生きればよいのか?
彼らとはつながっていないのが分かっているのに?」「人生において耐えられないのは、存在することではなく、自分の自我であることなのだ。」
「生きること、生きることにはなんの幸福もない。生きること、世界のいたるところに自分の苦しむ自我を運びまわること。
しかし、存在すること、存在することは幸福である。存在すること。噴水に変わること、宇宙が温かい雨のように降りそそいでくる石の水盤に変わること。」
最近の私のテーマである、「自我を、執着を捨てた上で、なおこの浮世でうまく生きていくこと」の参考になる。仏教(上座部、大乗いずれも面白い)や、ストア哲学も参考になる。生成AIの時代にも、人の悩みは対して変わらない。















