現在、AI(人工知能)だのIoT(モノのインターネット)だのが仕事を奪う、世界を変えるなどとかまびすしい。
だが、1997年頃からIT業界でインターネットの盛衰を見てきた私には、「いつか見た風景」に思える。

当時、インターネットは「世界を変える」「世界政府ができる」「情報は無料になる」「中抜きがなくなる」「個々人の議論が活発化する」すばらしい社会が到来すると盛んに喧伝されていた。

・・・さて、そんな社会は到来しただろうか?

確かに、生活は便利にはなった。
でも、世界では相変わらず戦争は起きているし、世界政府はできそうにないし、情報を売り物にする調査会社は普通に事業を営んでいる。
卸や商社が消えてなくなったという話は聞かないし、掲示板やSNSによるコミュニケーションは弊害の方が多いようにすら思える。

AIなどの技術も、同工異曲だと少し冷めた目で見ている。
新しいモノを薦めたい連中は、いつだって「これはこれまでのモノとは違う」と声高に主張するものだ。

本質的なことは変わっていない

テクノロジーは世界をより便利にするだけで、世界の構造そのものを劇的に変えることはない。
個別のケースで見れば、仕事を失う人も出てくるとは思う。プレーヤーががらっと変わることもありえる。
自動車が馬具職人の仕事を無くしたように。パソコンがタイピストの仕事を無くしたように。ウーバーがタクシー会社の仕事を奪いつつあるように。

けれど、社会全体を見れば、このままテクノロジーが進歩し100年が経っても、20世紀と大して変わらない人間の営みがそこにあるだろう。

「変化の激しい時代」というが、ここ数百年で変化が激しくなかった時代があるのだろうか?
大航海時代、戦国時代、産業革命、明治維新、世界大戦、共産主義国の崩壊、テロ・・・
人間は誰しも、自分が生きている今こそが「他の時代とは違う」と思いたがる。

新しいテクノロジーを人よりも早く使いこなしたものは、人より有利な条件で人生やビジネスというゲームに参加できる。
ただそれだけだ。原始人類が石器を発明したころからずっと、いつの時代もそれは変わらない真実だ。