嫉妬、嫉み、羨望、比較

同業の中小企業診断士が活躍しているのを見て、嫉妬することがある。
「彼は成功している、それに引き換え自分は・・・・」と思う。

同世代で別の職業に従事している人が活躍するのを見ても、同じような感情は起こらない。
同業者だと、仕事の内容がある程度想像できるからこそ嫉妬するのだろう。

嫉妬という単語をMacOSの辞書で引くと、以下の二つの英語が見つかった。

  • envy(エンヴィー):人の幸運・能力などを見て自分も持ちたいとうらやむ気持ち
  • jealousy(ジェラシー):それらが自分にないのは不当だとして相手を憎悪する気持ち

相手を憎悪しているわけではない。エンヴィーの方が自分の感情に近い表現だ。

嫉妬心はなくならない

独立して最初の数年は、こういった嫉妬心を持つのはいけないことだと思っていた。
嫉妬する自分は卑しい。そんなヒマがあれば、努力して自分のスキルなり売上なりを上昇させればよいと。
しかし、どんなに努力しても嫉妬心は無くならなかった。

自分がこんなに努力しても達成できていないことを、彼は簡単にやり遂げてしまう。
何が違うというのだろうと、胸が引き裂かれるような気分になっていた。

嫉妬心を頭から出し、相対化する

現在でも嫉妬心は無くなってはいない。ただ、嫉妬心とうまく付き合う術を身につけている。
自分が同業者の話を聴いたり、ブログやSNSを見て嫉妬を抱いたら、手帳かパソコンを取り出し、

「いま自分は、彼の何に嫉妬しているのか?」

というテーマで自由に文章を書く。
書いていきながら、その内容は事実なのか、それとも想像なのか、反対の考え方はないかと思考をめぐらせていく。

文章にすることで、その内容を相対化し、客観的に見つめることができる。
そうすれば、嫉妬心の対象だった彼と私の状況はまるで違うので安易に比較できないこと、うまくいっているのかどうかを判断するには情報が足りず、私の想像に過ぎないこと(誰でも自分のことは良く見せたがるものだ)が見えてくる。
そもそも、うまくいっているって、どんな状態なのだろう?

そうやって自分が書いた文章を眺めていると、いつの間にか嫉妬心が消えていく。
なんてことはない、自分でわら人形をせっせとこしらえて、それに嫉妬しているようなものだったのだ。

ちなみに、文章を書くのは苦手だからといって、誰かに話すことで代用するのはお勧めしない。
他者に話すことで物事が整理できることがあるのは事実だ。
しかし、嫉妬の場合、「自分がなぜ彼に嫉妬しているのか」を*主観的に*相手に説明することになるために、説明の過程で嫉妬の感情を逆に増幅してしまうように思う。

嫉妬心を無くすことはできない。少なくとも自分にはムリだ。
文章化することで、自分の嫉妬心と上手く向き合えるようになった。

たいていの嫉妬は、事実ではなくて自分の思い込みから来るのだ。